ホテルを間違えた
 昨日から大阪に来ている。もちろん仕事。昨日の昼から今日の夕方まで、ずっと会議で缶詰状態。ハードで疲れる。
 昨夜の出来事。懇親会に、会議には参加していないが、地元大阪の名物専務のNさんが参加してきた。今年で定年退職をされるのだが、「再就職活動の最中だ。お前のところで採用しろ!」などと気勢を上げていた。いろんな面でお世話になっている方で、私のできることなら何でもしてあげようと思っている。
 三次会には、私とN専務、大阪のN常務、そして長野のNの四人になった。三次会で飲みすぎ、記憶が途絶えた。

 これは、長野のNの話。
 
 かなり飲んで、二次会、三次会と進むうちに、だんだん人数が減ってきた。大阪のN専務ともお別れし、全然関係ない、大阪の夜の帝王Fが参加してきたことで、一気に方向転換が進んだ。ホテルで寝ているYを呼び出しバイアグラを持ってこさせ、「これから女を買いにいこう。」と・・・(不適切な表現かもしれませんがノンフィクションですので)・・・、こういう時に役に立つのが夕刊フジ。もって行くと割引してくれるのだよ。
 というようなわけで、4人で行ってきました。
 私のお相手は「れいか」ちゃん、もちろん源氏名ですが、ちょっと太めのパイパン娘でした。
 軽くシャワーを浴びて、ベッドへ。おしゃべりしながら、いちゃいちゃモードに突入。ボリューム感のあるオッパイも魅力的だが、パイパンの局部にとりあえず興味津々なのだ。
 私が下で彼女が上。彼女のお口は私の息子を含み、私の目の前には、彼女の無毛地帯が・・・。大きめの栗ちゃんがプクっという感じで膨らんでいるのが良く見える。なにしろ遮るものがないのだからね。なんだかすごく卑猥な感じで私の息子も元気溌剌。
 栗ちゃんを擦るとお尻がゆれる、オンナの匂いが立ち上がってくる。これって意外と良いにおいじゃない。彼女の割れ目ちゃんの湿度も上昇。擦るたびに隠微な音がする。
 愚息も元気いっぱい、れいかちゃんが「素股で・・・。」というのでお願いする。今度はれいかちゃんの大きなオッパイが私の目の前で揺れる。彼女の割れ目に侵入するのではなく、割れ目に挟まれているわけだが、ヌルヌルとした暖かな柔らかい隙間で擦られ、これがまたとっても良い気持ちなんだな・・・。一方的に私だけが気持ちいいわけでなく、れいかちゃんもわが愚息に栗ちゃんや割れ目ちゃんを擦られ、気分は舞い上がる鳥のよう。本気モードに突入するとともに「もうどうにで・・・ム・・ア・・・」。気がつけば、素股が・・・、くんずほぐれつ・・・。
 というようなわけで、愚息の昇天とともに、れいかちゃんも無事昇天とあいなったわけです。(長野N談)

 う〜ん。良い思いしてんだ。私はといえば、宿泊先のA○Aホテルの前で正気に戻り、違和感を覚えながらも4階の自分の部屋の鍵を開けて中に入ろうとしているのに、鍵が開かない。
 フロントに戻り
私「どうなってんだ。鍵が開かないじゃないか!」
と鍵を渡す。
フロント「お客さん、これうちの鍵じゃないですよ。」
私「そんなことあるか、ここにA○Aホテルって書いてあるじゃないか!」
フロント「お客さん、これ谷町店の鍵なんです。」
私「わかってるわい、そんなこと!酔っ払いだと思って馬鹿にするなよ。」
フロント「そうじゃなくて、ここは天満のA○Aホテルなんです。」
私「・・・」

 同じホテルだけど、別のホテルなのだと気がつき、横柄な態度を詫びるとともに、谷町に送ってくれとお願いしたら、タクシーを呼んでくれて、ちゃんと場所を説明して、タクシーの運転手に千円札を渡しくれた。

 やさしいフロントのお兄さんに感謝。
【2006/01/31 18:49 】 | ジャーナル | コメント(0) | トラックバック(0)
面白い
旅の文化研究所編 『落語に見る江戸の食文化』(河出書房新社 2000年2月14日初版)

◇落語での「飲み食い」の演じ方 桂南喬
◇日常の食材と料理 江原絢子
◇食器の流行り廃り 神崎宣武
◇「江戸前」の食材 山本志乃
◇江戸の食べ物屋 原田信男
◇道中の食事 石井正己
◇権力者と「食」の政治学 小田晋
◇「食」にちなむおもな落語 山本志乃

 こんな風に並べてみると、この本の面白さが伝わるかな?中でも冒頭の、『落語での「飲み食い」の演じ方』が面白い。落語をより深く楽しむことができるようになります。しゃべりと仕種が落語の面白さの二大要素ですが、その仕種に詳しくなること請け合いです。あまり詳しくなると、落語家に嫌われるかもしれませんが、それはそれで、また新しい次元で落語と付き合えるようになります。ご一読をお勧めします。
【2006/01/30 10:25 】 | リーディング | コメント(0) | トラックバック(0)
読書
國領 二郎著 『オープン・ソリューション社会の構想』(日本経済新聞社、2004年7月23日1版1刷)

 ソリューション、ユビキタス、アーキテクチャ、プラットフォーム・ビジネス、バリューチェーンのインテグレーション・・・、いつからこんな言葉が氾濫するようになったのだろう。知っておかなければならないのだろうが、私にもわからないことがある。

 そんなインターネット時代の社会学テキストの一冊。単語の意味を知らない人も、この本を読み進んでいけば、著者が何を語りたいのか理解できる。日本を世界のフロントランナーにしよう、そのためにオープン・ソリューションという、開かれたネットワークで分散する情報や人を結合し解決方法(ソリューショ)を導き出す仕組みづくりを提起しているのだ。
【2006/01/29 17:36 】 | リーディング | コメント(0) | トラックバック(0)
スキル
 最近、社内のトラブルが増えた。いろいろ原因はあると思うが、感じていることを一つ二つ書いてみたいと思う。

 私が若いころ、同期入職の多くは、みんな仕事に夢やロマンやいろんなものを求め、現実のギャップに躓いたり、悩んだりしながらも、前を見つめて歩いていたような気がする。正義感にあふれ、不正を憎み正す労力も惜しまないそんな連中ばかりだった。だから、よく上司ともぶつかったが、そんな私たち若い連中を受け止めてくれる上司も多かった。
 そんな私たちが、今、職場の中心に座り、あるものは取締役にもなっている。今でも、仲間同士で集まり酒を酌み交わすことがあるが、決まって出るのが「最近の若い奴は・・・。」っていう台詞。「若い連中がぶつかって来れば受け止めてやろうと待っているのに、若い奴は事なかれ主義で、ちょっと叱っただけで無駄欠勤から結局退職してしまったり、骨のある奴がいないではないか!」と言ったのは、現在、某民間病院の事務長をしているYだ。

 私たちは、先輩や上司とぶつかりながら仕事をしてきた結果が、今の私たちのポジションに繋がっていると思っている。仕事についたばかりのころ、まだコンピュータも日常業務に手軽に利用できるような代物ではなく、オフィスコンピュータ(オフコン)と呼ばれる大型のものしかなく、日常業務は圧倒的に手作業の時代だった。そんな時代に、就職2年目の私が、いち早くパソコンを導入し職場内にネットワークを構築、業務の効率化を提案した時、当時の専務から直接呼び出され、「私はパソコンのことはわからないが、これからは、確かにパソコンの時代になっていくと思う。反対意見が根強くあるけれども、やり遂げる自信はあるのかね?」と聞かれた。
 私は、少し迷ったけれども、「大丈夫です。」と返事した。「君たちくらいの頃にしか大きな失敗はできないから、やってみなさい。」と専務に言ってもらったときは本当に嬉しかった。先輩や直属の上司からはぼろ糞に言われていたのだけれどね・・・。
 で、辞表を胸に忍ばせながら、自分の企画を具体化していったのだけれど、同じく、パソコンに目をつけたソフト会社のNの協力を取り付けることができ、私の職場をモデルにしてシステム開発を進めることができたのだ。モデルということで破格の値段でシステムを開発してもらうことができ、そのことで私は誰よりも早く主任に昇進、33歳のときに会社業務の一部を外部化することになり、新しい会社作りを任され、35歳で新設会社を立ち上げその会社の専務取締役に就任した。

 別に自慢話がしたいわけではなく、私たちの世代の連中は、そんな風にぶつかったりしながらも、常に、仕事を、会社を、業界全体を、さらにいえば世の中をどうしていくのか、どう作っていくのかということを自分のことのように考えながら仕事をしてきたのだ。

 Yでなくとも、仲間たちは異口同音に「若い連中にバイタリティがない。」「自分の小さな殻に閉じこもって、そこから出てこようとしない。」「同期の仲間や組織のことなど考えず自己中心的な奴が多い。」という。私もその通りだと思う。ビジネスマンとして、それなりの地位に登りつめようという気がないような気がするね。

 ビジネスマンとして成功するために、必要なスキルは何だろう。まず、若い連中に聞いても、まともな答えが返ってくることは極めて稀だ。若い人たちが、私のブログを読むかどうかわからないけれども、私の考えを少し書いておきたい。

 若い人たちが自己中心的だという評価について、実は私は少し違う考え方を持っている。自己中、大いに結構だと思うのだ。それは何故か。日本人のアイデンティティの問題とも関わるのだが、私には、地域の共同体や村や町といった集団の一員という意識が強い。そして、どちらかといえば私のアイデンティティは集団の陰に隠してしまっている。そのことが、実は、第二次世界大戦に向かう日本の全体主義を支える思想的・社会的な背景としてあったのではないかという思いがあり、アイデンティティの確立が大事なことだと思っているのだ。自己中というのは、日本人が、本当の意味でアイデンティティを確立していく過程でちょっとした方向性の違いとして表現されてしまっただけのことではないか、そんな風に受け止めている。
 方向が間違っている以上、どこかで軌道を修正しなければならない。ようは、そういう軌道を修正する環境を作ることができるかどうかだ。
 自己中同志が集まって仕事をするわけだから、最後まで自己中を貫くのは難しい。上司もいれば、先輩もいるというわけで、どこかで折り合いをつけなければならない。その作業がとても大切で、そこから、「話し合ってどこで折り合いをつけるかを決める。」ということを経験する。そんな経験をつんでいけば、自己中を脱皮して、アイデンティティをもった社会人になっていけると思う。キーワードは「民主主義」だ。
 そのためにも、まず、必要なスキルとして私があげたいのは、コミュニケーション能力だ。これが無いと社会人として存在すること自体が不可能だ。正しい敬語の使い方、正しい日本語の使い方、上司への報告・連絡の仕方、手紙の書き方、企画書の書き方、謝罪の仕方、始末書の書き方・・・、どれもがコミュニケーション能力として問われる具体的な中身だ。
 コミュニケーション能力に性格は関係ない。「内気の性格だから上手く表現できない。」といわれると、「なるほど。」と思いがちだが、私に言わせればまったく関係ない。内気だと、敬語が正しく使えないの?手紙が書けないの?そんなことはない。上司に口頭報告する場合などに、内気な性格だと強引な上司との相性が悪いということがあるかもしれないが、せいぜいその程度の差しかない。

 今日はここまで。
【2006/01/28 14:10 】 | ビジネス | コメント(1) | トラックバック(0)
日本語
中西 進著
『ひらがなでよめばわかる 日本語の不思議』(小学館、2003年12月10日、初版第2刷)

 ひらがなで読み解く言葉の成り立ち。すごく面白い。日本語の意味を考えてみたい人にお薦め。私の若さの秘訣は好奇心だと書いたことがあるが、そんな私の好奇心を満足させてくれる一冊である。

 例えば、何故、「目」は「め」と呼び、「鼻」は「はな」と呼び、あるいはまた「口」は「くち」と呼ぶのだろう?日常の生活の中で、意識せずに使っているこれらの言葉の意味、語源を考えたことがあるだろうか。
 少なくとも私の場合は、考えたことがある、というか、いつも考えているといった方が良いかもしれない。何故そう呼ぶようになったのか?それが疑問の入り口で、長い鎖のように、次から次へと疑問がつながっていくのだ。
 「まあ、いいか。」と諦めたときに疑問の連鎖は切れる。その時おそらく、好奇心の塊である私の精神が、活動を停止するのだと思う。そしてそれは、私にとって「死」と同義語なのである。
 さて、最初の質問に戻る。何故、「目」は、「め」と呼ぶのか?それは、私がここで書くわけには行くまい、冒頭に掲げた中西さんの本をご一読いただきたい。ほんとに面白いから、だまされたと思って、図書館に借りにいくなり、書店で買い求めるなりしてお読みいただきたいと思う。
【2006/01/27 10:12 】 | リーディング | コメント(0) | トラックバック(0)
アクセスカウンタとブログランキング
 アクセスカウンタをつけた。左肩のところに出てるでしょ。何だか嬉しいね、読みにきてくれるってのは。それから、ブログランキングにも参加した。あまり、こだわりがあるわけでもないけれど、励みになるだろうかと思ったもので・・・。
 ただし、記事ごとにブログランキングへのリンクを張ることまではしません。プロフィールの枠内にバナーを置いてますので、気が向いたら押してみてください。よろしくお願いします。
【2006/01/26 16:50 】 | ジャーナル | コメント(0) | トラックバック(0)
古本屋で買ってきた
小林 直樹著『憲法九条』(岩波新書、1983年6月15日、第6刷)
清水 幾太郎著『論文の書き方』(岩波新書、2003年8月5日、第82刷)

 昨年末、自民党が憲法改正草案を発表した。自衛隊を自衛軍に組織替えし、軍隊を持つ国になるのだという。戦後の世界平和に果たした日本の役割は、日本国憲法第9条を持つが故になしえたことであり、憲法九条こそが平和の礎である。あらためて、憲法9条の成立史をおさえておきたくて、小林さんの書物を買い求めたのだった。

 清水さんの『論文の書き方』の方は、4月以降学生相手に講義をしなければならなくなりそうで、しかも、このタイトルそのまま、論文の書き方を教えるという講義になるのだ。あらためて、大先生の奥義を学ぼうということだ。それにしてもすごいねこの本、第82刷だって、ロングセラーもいいとこだ。いつかは私も、こんなロングセラーとなる本を書きたいと思っているのだが、日本酒漬の毎日では、どうも危なっかしい。

 というようなわけで、早く仕事を切り上げて、本を読みたいのだけれど、決算が片付かない。困ったもんだ。
【2006/01/25 16:25 】 | リーディング | コメント(0) | トラックバック(0)
生態
 http://reiko05.blog45.fc2.com/精液好き☆れいこ

 このホームページの作者、なかなかの美形と見たが、それだけじゃなくて文才がある。あっけらかんとセックスライフを書いている。しかもリアルタイムで書かれているかのような臨場感に溢れていて、読んでるこっちにも淫らな気分が伝染してくるようで・・・。

 まあ、セックスってのは人間の種の保存本能に由来する行為であるからして、みんな大好きに決まっているのだ。人間がセックスが嫌いだったら、地上にこんなにたくさんの人類が蔓延ることはなかったのだ。
 もともと力のある奴(金の力ってのもあるかもしれないけれど・・・)が、良い女に種付していたんだろうな。力のない奴、女性に嫌われる奴は、自分の子孫を残すことはできない、そういう力の支配する時期があったのだと思う。
 そこに理性が生まれ、一夫一婦制というように結婚が制度化され、既婚者のセックスが制限されるようになった。男も女もセックスに関しては不自由になったということだ。

 紳士淑女諸君、理性の仮面を被り、セックスに対して「不潔!」とか「なんていやらしい!」とか言いながら、その実、ズボンの中、スカートの下で淫らな生き物が蠢いているのを私は知っているよ。
 「人間は考える葦である。」人間の歴史は、知性・理性の発展の歴史であったといっても過言ではないのである。その歴史の中で、セックスから疎外されないために、結婚という制度を作り上げることが必要だったのだろうな。

 この前、中国に旅行に行った。ロシアの外務大臣一行がそのホテルに泊まっていたのだけれど、そんな5☆のホテルで、チェックインし荷物も解かないうちに、部屋の入り口のチャイムが鳴った。「誰だろう?」とドアを開けると、30過ぎくらいの若い女性が、「日本からのお客さん?お疲れ様。」と言いながら部屋に入ってくるのだ。何者かなと訝っていたら、「マッサージどうよ。オッパイ大きい娘いるよ。スケベOKネ。」という。
 仕事で行っていたので、先約があり彼女の誘いをお断りしたのだったが、後で聞くと、ホテルの人間と結託して、日本人旅行者には片っ端から『営業』に行ってるとのこと。「なぜ、日本人だけなんだ。」と聞いたら、西洋人はクリスチャンで、買春はしないのだとのこと。
 どうやら中国では、世界で一番スケベな人種が日本人だと思われているようだ。と同時に、儒教の国でもある中国人も、西洋人同様道徳を重んじ、日本人の中国へ来ての買春には、内心腹を立てているのだとのこと。

 しかしね、仕事で中国の大学で日本文学を教えている女性教授とビジネスの話をし、一緒に食事に出たら、「○○さん、女性はいらないか?うちのゼミの学生、美人いるよ。」って、大学教授が自分のゼミの学生を文字通り売り込もうとするんだよ。日本以上に男性社会の中国、道徳を重んじるのは国を動かしている男たちだけで、女性たちは、何よりもお金が大事、春を売るくらい何でもないことなのだ。中国人女性のたくましさに脱帽。
【2006/01/24 14:55 】 | モーレス | コメント(0) | トラックバック(0)
春うらら
haruurara


金比羅さんで見つけた。
【2006/01/23 10:40 】 | フォトグラフ | コメント(0) | トラックバック(0)
読書
中島 智著『文化の中の野生 《芸術人類学講義》』(現代思潮社、2000年3月31日初版第1刷)

 シャーマンの精神世界とアートに共通する官能。興味深く読んだ。
【2006/01/21 15:51 】 | リーディング | コメント(0) | トラックバック(0)
夕日
yuuhi


 1月9日、上さんと讃岐うどんを食いに行った。帰りのフェリーから眺めた夕日の美しさ。
【2006/01/20 13:53 】 | フォトグラフ | コメント(0) | トラックバック(0)
こんぴら狛
konpira_koma

 1月9日(月)、上さんと一緒に金比羅参り。これって狛犬?


kago

 金比羅さんの長い階段をかごに揺られて登る老婆あり。駕籠かきの小父さんたちは「ゼーゼー」汗だくになりながら駕籠を担いでいた。
【2006/01/19 13:41 】 | フォトグラフ | コメント(0) | トラックバック(0)
今日の晩飯
yuraiken_gekikara


 事務所の近所にある又来軒(「またくるけん」ではありません。「ゆうらいけん」と読みます。)の激辛ラーメンを食べた。辛い。でも旨い。癖になる味だね。
【2006/01/12 19:24 】 | ミール | コメント(0) | トラックバック(0)
日本帝国主義の亡霊
東郷元帥


 藍の館の壁の落書き。日本帝国主義の亡霊を見つけたような気分だった。
【2006/01/11 17:44 】 | フォトグラフ | コメント(0) | トラックバック(0)
再会
 今日は、鳥取へ出張。朝一で職員とのうち合わせを終え、10時過ぎくらいに事務所を出発、津山で得意先の専務さんに新年のあいさつを済ませ、13時半には営業先の病院に入る。ここの事務長が、大学時代の同級生なのだ。
 メーカーを呼んでいたので、事務長に紹介する。良い話しになればいいのにね。

 夕方には、明日のために、下請け会社のTも合流。鯖シャブをいただいた。脂ののった鯖を同じく鯖の荒でとった出汁の中でシャブシャブと洗うようにしたらポン酢でいただくのだ。実に旨い。
 お酒は地元の瑞泉。これがまた実に旨い。肴とベストパートナーなのだ。

 三次会でBOWに。バレーボールをやっていた大柄のお気に入りがいた店なのだが、それこそ三年ぶりにふと思い出して立ち寄った。そしたら彼女はいなかったが、彼女のお姉さんがいた。人の縁とは不思議なものだなと思ったものだ。
【2006/01/10 20:48 】 | ジャーナル | コメント(0) | トラックバック(0)
岡山県の地酒を推奨する会
 岡山の地酒を推奨する会というところが、NTTクレドビルで、新しい年に、今年新しく成人を迎える若者たちを祝い、新酒を振る舞い、試飲即売会を開催していた。

 たまたま通りかかった私は、岡山の地酒をしっかり堪能させてもらった。美味しかったのは、勝山の御前酒の「美作 搾りたて新酒生酒」だった。
 新酒らしい瑞々しさ、生酒独特の豊かな香り、少し苦み・渋みも感じるが新酒故のこと。大根の浅漬けを肴にいただいたのだが、本当に旨い酒だった。

 日本酒は良く女性に例える。新酒ならば女子高生のような瑞々しい酒だなどという。また、熟成の進んだ味わい深い酒を前にしたら、艶っぽい年増女のようだなどという。不謹慎のようだが、その表現が非常に的をえていると思うのだ。

 女子高生を味わい尽くした日。
【2006/01/09 20:36 】 | ジャーナル | コメント(0) | トラックバック(0)
読みかけの本
『市場化の中の「医療改革」』日野秀逸ー編著、国民医療研究所ー監修 新日本出版社(2005年9月30日 初版)

 国民皆保険の行方 という副題のついたこの本は、小泉構造改革路線の中で、すでに保険制度というしくみを逸脱しつつある日本の医療保険制度を俯瞰し、その行方を憂いながら、対抗軸を描き出そうとしている。面白い。
【2006/01/08 20:30 】 | リーディング | コメント(0) | トラックバック(0)
日本酒の進め
 私は、大の日本酒党である。始めて日本酒を飲んだのは、小学校3年生のときだ。
 正月、私の実家に親戚一同が集まって、酒を飲みながらおしゃべりに興じている。私はといえば、営業活動に余念がない。要するに、親戚のおじさん、おばさんに愛嬌を振りまいてアピールしておくのだ。そうした努力の結果としてお年玉がたくさん貰えることを期待しているのだ。
 しかし営業活動はエネルギーの消費を伴う。喉の渇きを覚えた私は、父上の前に透明の液体が注がれたコップを発見し、「水だ!」と思い込んでしまったのだ。父に断りもなく、コップを手にすると一気に飲んでしまった。最初の一口目で、「しまった、水ではなかった!」と気ずいたが、勢いがついているものだから止まらない。二口でほぼ飲み干してしまった。
 父をはじめ周りの大人たちが「そりゃあ水じゃあねえぞ。」などと言いながら、アルコールの刺激に顔を歪めた私を笑いながら囃したてる。たしかにアルコールの刺激はとても強烈ではあったが、「意外にも旨いじゃないか。」というのが私の感想だった。
 そして、「まずい、もう一杯!!」・・・って、それじゃあ青汁のパクリになってしまう。
 そうではなくて、「うまい、もう一杯!」っていう感じだった。

 そうはいっても、その後、二日ほど体調を崩したのはいうまでもない。

 それ以後、時々、父にせがんで飲ませてもらっていたが、大学に進学して以降は、日本酒よりも早く簡単に酔えるという主な理由から、トリス、レッド、ホワイト、髭のブラックといった、安ウィスキーを愛し、就職後も、バーボンやスコッチ、ラム酒、テキーラ、ウォッカ、ジン、紹興酒、老酒といった外国のアルコール度数の高い酒を飲んでいた。

 それが岡山へ転居し、岡山の地酒に出会ってから、日本酒探訪が始ることになった。初めて飲んだ岡山の地酒は、勝山町の御前酒。雄町米を使い酸の立った香り豊かな軽やかなお酒だったと記憶している。「旨い!!!!」というのが正直な感想で、今までなぜこういう旨い日本酒を探す努力を怠ってきたのだろうかと大いに反省した。
 その後、仕事で出張に行くたびに、その街の蔵元を探し訪ねて行き、蔵人からお酒の話を聞いたり、蔵の歴史を聞いたりするようになった。各地のお酒を本当にたくさん飲んできたが、岡山の地酒の平均点は非常に高いと思う。

 ところが、岡山市内の居酒屋で、『地酒』のメニューを見ても、だいたい岡山の酒が並んでいることはない。だいたい地酒というくらいだから、その土地の酒のことだろう。それなのに何故、地酒と称して岡山の地で新潟の酒を飲まなければならないのか。
 だいたい肴との相性だって、岡山の水で造った酒にあうのは、岡山の水が流れ込む瀬戸内の滋味豊かな魚介類や、岡山の水と「晴れの国岡山」と呼ばれる豊かな陽光を浴びて育った野菜たちに決まっている。

 岡山の居酒屋に、岡山の旨酒が並ぶことを期待しているのだ。
【2006/01/07 11:59 】 | ジャーナル | コメント(0) | トラックバック(0)
眠れない夜
 昨日の夜は何だか寝付かれなくて・・・、何度も寝返りを打ったり、深呼吸をしてみたり・・・、それでも眠れない。何故?

 一昨日の面接したRが、洋子ちゃん(初恋の人)そっくりだったことは書いた。今夜はやけに洋子ちゃんが懐かしく思い出された。あれは中学校の2年生の頃だと思うけれど、洋子ちゃんのところに教科書借りに行くため、音楽の教科書が無くなったことにして、音楽の授業のたびに借りに行っていた。

 洋子ちゃんは小学校の頃からの幼馴染で、ショートカットの髪、気の強いように見えて実は寂しがり屋の甘えん坊。でもそのことを知っているのはおそらく私だけだったはずだ。

 『ハレンチ学園』という漫画があって、「スカートめくり」や「オッパイ揉み揉み」などが流行っていた頃で、小学5年生のとき児童会長をしていた私は、会長特権で、可愛い女の子を役員に指名して、会議と称して教室に残し、密かに「オッパイ揉み揉み」していたのだが、なぜか洋子ちゃんにだけはできなかった。

 そうそう、同級生で敦子という子がいて、この子のオッパイが見事だった。私は後ろから抱きついて、両の乳房を揉み揉みするのが敦子に対するあいさつのようなものだった。時々反撃にあって、金玉を蹴られたりすることもあったが、敦子も私に揉み揉みされるのが決して嫌いではなかったと思う。だって嬉しそうに揉ませてくれたもの。

 でも幼かったのだね。それ以上のことにはおよばなかった。

 洋子ちゃんとはきわめてプラトニックな関係でしたね。たぶん本当に好きだったのだと思う。スカートめくりやオッパイ揉み揉みしたら嫌われるかもしれないと思っていたのだね。

 そこのころは名前で呼び合っていて「洋子」「何のようだ、はじめ」というような感じだったのだけれど、隣のクラスの入口で「洋子! 音楽の教科書貸してくれ」というとニコニコしながら「ほら」っていう感じで貸してくれたのだった。



 何でそんな昔のこと思い出したんだ・・・、そうそう、一昨日の面接がいけない。Rがあまりにも子供の頃の洋子ちゃんにそっくりだから、あれ、そういえば、顔がすっかり面接したRになってる。

 そうか、Rのことが気になって眠れないのか・・・、俺ってそんなに初心だったかな???
【2006/01/06 16:01 】 | ジャーナル | コメント(0) | トラックバック(0)
今、読んでいる本
『「戦後日本」と切り結ぶ思想』 唯物論研究会編(青木書店 2005年10月18日第一版第1刷)

 戦後の論壇や社会主義思想・社会運動等の変遷を辿りながら、日本の進むべき道を探る意欲的な試み。冒頭の西田哲学や古在由重、丸山真男らの思想的な意味を再検討する座談会が面白かった。

【2006/01/05 19:32 】 | リーディング | コメント(0) | トラックバック(0)
仕事始め
 今日は仕事始め。5日が仕事始めというところが多いのだろうとは思うが、得意先が、今日から営業を開始するところが多く、仕方なく今日を仕事始めとしている。

 9時から社員を集めて訓示。政府の経済政策の誤りを批判しつつ、それでも、その中で結果を出さなければならないこと、鳥取県での市場確保を最大の課題としつつ、足元の岡山県でのテリトリーの拡大を目標に最大限の奮闘を呼びかける。
 同時に、社員一人ひとりの個人力量の向上の為の自助努力と、会社としての研修計画の充実を提起した。
 また、一貫して強調している、業務改善についても、漫然と仕事をしているからいつまでたっても業務改善に結びつかないこと、改善とは何かについて理解できていないこと(改善とは、より良くするという意味での修正と違い、本来あるべき姿に戻すことである)などを指摘し、奮起を呼びかけた。
 それぞれが、どれだけ理解したか分からないが、とにかく言うべき事は言った。

 職員の採用面接。27歳の女性。今年大学院を卒業予定。背が小さい。最近流行の小顔で、なかなかの美人だ。大学で勉強していることや、仕事に対する考え方、当社をどのように理解しているか、などを聴いた。はきはきとして切れの良いしゃべり方、質問に対する回答も的確で明快だ。快活で男っぽい性格と見た。
 いろいろ話したが、彼女のお母さんが、10年ほど前同僚だったらしいことが判明して、改めて人の縁というものの不思議を実感した。

 総会で予算を通さないことには採用できないのだが、今年の事業拡大を見込めば、人的体制の強化は必須課題なので、問題ないだろう。優れた人材は何としても欲しい。
 何よりも、私の初恋の洋子ちゃんに似ているのだ。勿論そんなことで採用していたら株主の皆さんには怒られるかもしれないが、私の胸のうちに秘めておけば良い。
 彼女には、そんなことを悟られないように、「総会で予算の承認が必要だが、採用する方向で提案しようと思う。」と伝えた。「採用していただけるなら頑張りたいと思いますので、よろしくお願いします。」と彼女。

 なんだか嬉しい仕事始めの日。今年は良い一年になりそうだ。
【2006/01/04 18:52 】 | ジャーナル | コメント(0) | トラックバック(0)
社会学のテキストを読む
奥井 智之著 『社会学』 東京大学出版会 2004年7月15日初版

矢野 久美子著 『ハンナ・アーレント、あるいは政治的思考の場所』 みすず書房 2002年2月20日発行

デカルト著 谷川 多佳子訳 『方法序説』 岩波書店 2001年1月16日第一刷

村井 久二緒 『コントとマルクス』 日本評論社 2001年12月15日第1版第1刷

正月休み、酒も飲んだが、本も読んだ。
【2006/01/03 16:06 】 | リーディング | コメント(0) | トラックバック(0)
同窓会やろうよ
 年賀状が来た。久しぶりに学生時代を思い出した。杁中の街で過ごした四年間。学生運動にのめり込み、授業にはあまり出たことがないが、その後の人生を決定づけることになった学生時代。共に過ごした友の顔が、やけに懐かしく思い出される。

 私の通った大学があったのは、南山大学のある洒落た街並みの隣で、同じ地下鉄の駅から私の大学と南山大学の学生が降りてくるのだが、100%の確立で、どちらの学生かわかった。南山大学といえばお嬢様も大勢通い、学費も高い。私の大学は、社会福祉学部単科で、私が入学したとしに経済学部が併設されたが、いずれにしても福祉労働者になろうという学生が多かった。だからということでもないのだろうが、みな心優しい、気の良い奴が多かったが、みな一様に貧乏学生だった。それゆえみんなで助け合うことを実生活でも学んだような気がする。それこそが社会福祉の原点であるヒューマニズムという奴だ。一本のタバコを半分ずつ吸い、バイトで稼いだ金は、酒と女に消えた。

 同級生に暴力団の組長の息子がいた。同じクラスであったこともあり、仲が良かった。彼は外車が通ると「やかましいんじゃ!!」と怒鳴りつけ、よく喧嘩を売っていた。そしてナンパ。案の定半年で大学をやめ、「やっぱり俺には向かん。国に帰って家業を継ぐ」といって、出て行った。家業が家業だけに、その後連絡を取っていないが、どうしているのだろうか?同級生たちの年賀状を見て、ふと彼の顔が浮かんだ。

 切った張ったの世界で、「なめたらいかんぜよ」と粋がっているあいつの顔を想像してみた。う〜ん、あいつならのし上がっているに違いない。

 Mが同窓会をやろうと年賀状に書いてきた。学生時代を思い出しているうちに、今の暮らしをすっかり放り出して、あの頃に戻りたいと心底思ったね。
 よーし、同窓会をやろう。みんなで集まって、昔話に花を咲かせよう。もう25年以上も前のことなんだな・・・。なんだかしみじみとした正月休みも今日で終わり。明日から、仕事だ。
【2006/01/03 12:12 】 | ジャーナル | コメント(0) | トラックバック(0)
駅伝
 昨日は、朝から実業団駅伝を見、今日は、東京〜箱根駅伝を見た。若いころ、陸上部に所属していた私は、今でこそ、走る時間もなくなってしまったが、正月、この二つの駅伝を見逃すことはほとんどない。一本の襷をつなぐこの競技は、個人競技である陸上競技の中でも、リレーと並ぶ団体競技だが、リレーが基本的に個々の力比べの連続であるのに対し、ある人は人生だといい、ある人はビジネスのヒントを見たり、ある人は縁の下の力持ちに徹することで満足したり実に様々な顔を持つ競技なのだ。
 私も、中学駅伝に始まり、高校駅伝を経て、大学〜社会人まで、いろんな駅伝に参加した。全国大会で活躍することこそなかったが、今でも、楽しい思い出となっている。
 今日の箱根の山登りで、順天堂大学の今井君が5人抜きをやってのけ、トップでゴールしたシーンが印象に残っている。箱根の山登りコースを車で登ったことがあるが、あの急峻な山坂道を、1キロ3分台でカバーする脚力、精神力、当日にピークを持ってくる調整能力、個人の持っているいろんな力を集約しないと、とてもではないが走って登れるものではない。
 彼の走る姿は、見るものに勇気と感動を与えた。それは、ある人にとっては、今年1年頑張りぬくための勇気であり、ある人にとっては目の前にある壁を乗り越えるエネルギーであったり、ある人にとっては会社を大きくするヒントを与えるものであったりしたことだろう。かく言う私も、仕事を前に進める大きなヒントをいただいた。多謝。

 明日もまた、箱根駅伝の復路を見ながら一杯やりたいと思う。
【2006/01/02 18:34 】 | ジャーナル | コメント(0) | トラックバック(0)
謹賀新年
 新しい年が始まった。私、正月はだいたい朝から飲んでます。ブログを書こうとページを開いたのですが、日本酒漬けの脳みそが拒否しておりますので、ご挨拶だけでやめます。

新年明けましておめでとうございます
今年が皆さんにとって、良き一年でありますよう祈念しております。
【2006/01/01 16:16 】 | ジャーナル | コメント(0) | トラックバック(0)
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