素直さと頑固さ
 少し前に、職業人に求められるスキルとして、コミュニケーション技術を上げた。その続きを書こうと思う。

 コミュニケーション技術をある意味で支えるもの、スキルというより、生育過程の中で自然に身についてくるもののように見えるかもしれないが、コミュニケーションの次に大切なのは、「素直さと頑固さ」だと思っている。

 素直な人というのは、砂に水がしみこんでいくように、新しい知識がすーっと吸収されていく。仕事を進める上でも、「ここは、こうした方が良いよ。」そんな上司や、同僚や、得意先からの注意をそのまま受け止めることができる。頑迷な人は、せっかく業務上の注意を受けても自分の経験則を優先し、人の注意を受け入れることができない。

 仕事ができるようになるかどうかは、この素直な性格にかかっているのだ。しかし、それだけで駄目なんだね。何でもかんでも言われたままにやっていたのでは、これまた仕事にならない。得意先のAさんは、商品の適正在庫量は5日分だといい、常に5日分をキープするように、細かに納品することを要求する。Bさんは、在庫量が5日分を下回ったら5日分を納品してほしいという。Bさんは在庫切れがあってはならないということを重視しているわけだけれど、Aさんは適正在庫量をキープし続けるという意識が強い。
 棚卸商品の適正量に対する考え方の違いがあるわけだから、どちらかの考え方に整理しなければならない。どう対応するのが正しいのだろうか?

 経営や商業のノウハウがかなり蓄積されてきており、業種や業態に応じて適正在庫量に対する考え方も整理されてきているので、まずは、得意先の状況に合わせて、在庫量の決め方について一定の考え方を自分の中に確信できることが必要ですね。それを前提に「こうあるべきだ。」ということには、頑固にこだわることが必要です。

 科学的により正しいものに近づける努力は、日々の実践の中で積み重ねていけばいいのだけれど、常に、その時点での理想の姿を見つめ続け、そこには徹底的に拘る頑固さと、経営学や商学という学問は、常に現実の方が進んでいるとするならば、現実の中から出てくるさまざまな意見には素直に耳を貸さなければならないのだ。

 こうして、素直な性格でありながら、基本的な考え方は頑固に守る。かといって頑迷ということではなく、より正しい理論や考え方は素直に受け入れることができるというちょっと複雑な人物像が出来上がってくるが、そのことがよい仕事をするために欠くことのできない資質だと思っている。

 人間は、根本的に、安定を求める。それはたぶん正しいのだろうけれど、間違うと頑迷さにつながってしまう。今あるものを守るだけでは、いまより前には進めない。
 一緒に仕事をしている仲間や、得意先、先輩や身の回りにいるあまたの師匠たちから、新しい情報、世の中の動きや業界の動き、新しい理論などを吸収する素直さと、行動原理としてのヒューマニズムを頑固に守るそんな若い職員の登場を期待しているのである。
【2006/02/20 10:50 】 | ビジネス | コメント(0) | トラックバック(0)
今日は、うちの会社の監査
 12月決算のため、今月中に法人事業税・消費税の申告をしなければならない。2月1日役員会で事業報告と決算間書類の承認をもらい、総会に提案する事業計画案と予算案、事業を拡大するための定款の変更案などを決定し、総会議案書を作る。

 その総会議案書に基づき、監査を受けるのだ。私自身も、他の会社の監査役をしていることもあって、監査には慣れているはずなのだが、やはり自分の会社の監査を受けるのは何だか嫌いだ。

 個人オーナーの会社と違って、いろんな資本が入っている。当然役員にもいろんな人がいるし、監査役だって考え方が様々だ。もちろん、会社の発展のためにはそれが一番望ましい。

 同族会社の監査役なんて最低だもんね。社長のやっていることに対するチェック機能なんてまるで働かない。私も同族会社の取締役を引き受けているけれど、だいたい役員会だってまともに開かれず、開かれたとしても、最低限のことが知らされるだけで、ほとんどの案件は結論がすでに用意されている。
 いいかげんで役員を下ろしてほしいと思っているのだが、会長との付き合いがあって、名前だけ貸しているのだ。会長が、会長でいる限り、私の名前でよければ貸してあげようと思っている。

 で、今日の監査では、消費税申告の準備ができていないことが指摘された。仮払い消費税、仮受け消費税、それぞれ1年分の残高がそのまま表示されている。普通は、消費税の申告書を作成し、それに基づいて仮払い消費税・借受消費税を相殺し、消費税の還付があるのならば未収消費税を計上するなどの処理を行っておかなければならないのだ。今回、スケジュールがタイトだったこともあって、そこまで手が回らなかった。
 もちろん顧問税理士もいるのだが、何故か、

「愛が足りない。」

 細かいところで合わないところがあって、最後の点検をお願いしていたのにもかかわらず、結局、間に合わなかったのだ。
 監査からも、「税理士を替えたら?2年間見させてもらったけど、この会社に対する愛が足りないような気がする。」とのお言葉をいただいた。

 でもね、今の税理士は、先の副将軍、水戸光圀・・・ではなく、先の副理事長、筆頭株主の株式会社Oの前専務のお兄さんにあらせられるぞ・・・。もう、お歳なので、そう長く税理士稼業はしないと思いますので、ご本人が引退するまで待ってください。いろいろあっても、お世話になったO専務のご紹介ですから・・・。

 「消費税処理を済ませないと決算が確定しないので、急いで処理して総会までに見せて欲しい。総会の前の役員会ではそのことを確認しておくこと。」監査役の愛の手に感謝しつつ、処理の手順をMとOに指示だし。

 久しぶりに時間をかけて、全部見ると言われていたので、不備が他にも出てくるのかな(消費税については想定内、いわゆる確信犯だったのです。)と思っていたけど、特になく、それでも4時間にわたる作業をしていただき、監査役の3名の方には感謝である。

 私は時々サボったけれど、ずっと会場にいて、監査の厳しいチェックの現場で右往左往した、担当のO係長とMに心の中で感謝の言葉を投げかけた。

 1年間の監査が済んで、やれやれ、やっと肩の荷が下りた。


 って、余裕かましている場合ではなかった。まだ、最難関の総会が待っているのだ。
【2006/02/13 20:24 】 | ビジネス | コメント(0) | トラックバック(0)
スキル
 最近、社内のトラブルが増えた。いろいろ原因はあると思うが、感じていることを一つ二つ書いてみたいと思う。

 私が若いころ、同期入職の多くは、みんな仕事に夢やロマンやいろんなものを求め、現実のギャップに躓いたり、悩んだりしながらも、前を見つめて歩いていたような気がする。正義感にあふれ、不正を憎み正す労力も惜しまないそんな連中ばかりだった。だから、よく上司ともぶつかったが、そんな私たち若い連中を受け止めてくれる上司も多かった。
 そんな私たちが、今、職場の中心に座り、あるものは取締役にもなっている。今でも、仲間同士で集まり酒を酌み交わすことがあるが、決まって出るのが「最近の若い奴は・・・。」っていう台詞。「若い連中がぶつかって来れば受け止めてやろうと待っているのに、若い奴は事なかれ主義で、ちょっと叱っただけで無駄欠勤から結局退職してしまったり、骨のある奴がいないではないか!」と言ったのは、現在、某民間病院の事務長をしているYだ。

 私たちは、先輩や上司とぶつかりながら仕事をしてきた結果が、今の私たちのポジションに繋がっていると思っている。仕事についたばかりのころ、まだコンピュータも日常業務に手軽に利用できるような代物ではなく、オフィスコンピュータ(オフコン)と呼ばれる大型のものしかなく、日常業務は圧倒的に手作業の時代だった。そんな時代に、就職2年目の私が、いち早くパソコンを導入し職場内にネットワークを構築、業務の効率化を提案した時、当時の専務から直接呼び出され、「私はパソコンのことはわからないが、これからは、確かにパソコンの時代になっていくと思う。反対意見が根強くあるけれども、やり遂げる自信はあるのかね?」と聞かれた。
 私は、少し迷ったけれども、「大丈夫です。」と返事した。「君たちくらいの頃にしか大きな失敗はできないから、やってみなさい。」と専務に言ってもらったときは本当に嬉しかった。先輩や直属の上司からはぼろ糞に言われていたのだけれどね・・・。
 で、辞表を胸に忍ばせながら、自分の企画を具体化していったのだけれど、同じく、パソコンに目をつけたソフト会社のNの協力を取り付けることができ、私の職場をモデルにしてシステム開発を進めることができたのだ。モデルということで破格の値段でシステムを開発してもらうことができ、そのことで私は誰よりも早く主任に昇進、33歳のときに会社業務の一部を外部化することになり、新しい会社作りを任され、35歳で新設会社を立ち上げその会社の専務取締役に就任した。

 別に自慢話がしたいわけではなく、私たちの世代の連中は、そんな風にぶつかったりしながらも、常に、仕事を、会社を、業界全体を、さらにいえば世の中をどうしていくのか、どう作っていくのかということを自分のことのように考えながら仕事をしてきたのだ。

 Yでなくとも、仲間たちは異口同音に「若い連中にバイタリティがない。」「自分の小さな殻に閉じこもって、そこから出てこようとしない。」「同期の仲間や組織のことなど考えず自己中心的な奴が多い。」という。私もその通りだと思う。ビジネスマンとして、それなりの地位に登りつめようという気がないような気がするね。

 ビジネスマンとして成功するために、必要なスキルは何だろう。まず、若い連中に聞いても、まともな答えが返ってくることは極めて稀だ。若い人たちが、私のブログを読むかどうかわからないけれども、私の考えを少し書いておきたい。

 若い人たちが自己中心的だという評価について、実は私は少し違う考え方を持っている。自己中、大いに結構だと思うのだ。それは何故か。日本人のアイデンティティの問題とも関わるのだが、私には、地域の共同体や村や町といった集団の一員という意識が強い。そして、どちらかといえば私のアイデンティティは集団の陰に隠してしまっている。そのことが、実は、第二次世界大戦に向かう日本の全体主義を支える思想的・社会的な背景としてあったのではないかという思いがあり、アイデンティティの確立が大事なことだと思っているのだ。自己中というのは、日本人が、本当の意味でアイデンティティを確立していく過程でちょっとした方向性の違いとして表現されてしまっただけのことではないか、そんな風に受け止めている。
 方向が間違っている以上、どこかで軌道を修正しなければならない。ようは、そういう軌道を修正する環境を作ることができるかどうかだ。
 自己中同志が集まって仕事をするわけだから、最後まで自己中を貫くのは難しい。上司もいれば、先輩もいるというわけで、どこかで折り合いをつけなければならない。その作業がとても大切で、そこから、「話し合ってどこで折り合いをつけるかを決める。」ということを経験する。そんな経験をつんでいけば、自己中を脱皮して、アイデンティティをもった社会人になっていけると思う。キーワードは「民主主義」だ。
 そのためにも、まず、必要なスキルとして私があげたいのは、コミュニケーション能力だ。これが無いと社会人として存在すること自体が不可能だ。正しい敬語の使い方、正しい日本語の使い方、上司への報告・連絡の仕方、手紙の書き方、企画書の書き方、謝罪の仕方、始末書の書き方・・・、どれもがコミュニケーション能力として問われる具体的な中身だ。
 コミュニケーション能力に性格は関係ない。「内気の性格だから上手く表現できない。」といわれると、「なるほど。」と思いがちだが、私に言わせればまったく関係ない。内気だと、敬語が正しく使えないの?手紙が書けないの?そんなことはない。上司に口頭報告する場合などに、内気な性格だと強引な上司との相性が悪いということがあるかもしれないが、せいぜいその程度の差しかない。

 今日はここまで。
【2006/01/28 14:10 】 | ビジネス | コメント(1) | トラックバック(0)
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